Deep Sea/Text






ロスタイム




 この時期、夕方の五時には陽が落ちてしまう。皆と別れ、手塚がバスを降りる頃には、すでにあたりは真っ暗だった。
(遅くなってしまったな)
 友人達が開いてくれた誕生会は、ささやかではあったが楽しく、あっという間に時間がすぎてしまった。早く帰らなければならない。だが、規則正しく配された街灯の下を歩く手塚の歩みは遅く、時折立ち止まる事もあった。
 立ち止まり、意味もなく振り返ってはまた歩き出す、だが手塚は自らのそんな行為を自覚すらしていない。
 やがて、家が見えてきた。リビングには灯がついている。おそらく、母がいつもよりも豪華な食事を作っていてくれているのだろう。
 人間は暗闇で灯を見つけると、近付く習性があると何かの本で読んだなと、どうでもいい事を考えながら、少し速度を上げる。だが、あと数メートルで門、のところで、手塚は足を止めた。
 門のそばで、何か黒い塊が蹲っている。
 目を細めて注視してみるが、手塚の視力でこの暗さでは、細部はわからない。黒いゴミ袋のようにも見えるが、わずかに動いている。
(まさか……熊!?)
 ここ最近、毎日のように民家が熊に襲われたというニュースが報じられている。冬眠を前に、山林の開発で餌の少なくなった熊が人里まで下りてきているのだ。とは言え、それはあくまでも山林の近くの話であって、こんな都会のど真ん中に熊など居ようはずもない。手塚は怪訝な面持ちのまま、数歩近付いた。その時、
「…クシッ!」
 塊が震えて、小さなくしゃみをした。そこで、ようやく人が蹲っているのだと、手塚は理解した。熊でなかったのは幸いだが、他人の家の前に座り込んでいては、人間でも怪しい。だが、次に発せられた声は、手塚のよく知っているものだった。
「あ、部長…?」
「…!越前か?」
 驚く手塚の前で、塊は立ち上がって、越前リョーマになった。
「お前…こんなところで、何を…」
「何って。待ってたんだ、部長を」
 至極当然のようにそう言って、リョーマはもう一度くしゃみをした。昼間はまだいくらか温かいが、夜になると、空気は冷たい。一体、どれだけここにいたのだろうか。
「今日、うちのクラス移動教室が多くて、学校で会えなかったからさ…。昼休みも、教室にいなかったじゃん?」
 なるほど、不二は正しかったようだ。
「だから、部活終わってすぐ来たんだ。まだ帰ってないみたいだったから、ここで…」
 待ってたんだよとリョーマは悪戯っぽく笑った。
 思わず腕時計を見る。部活後すぐに来たのなら、二時間近く経っているはずだ。
「ずっとここでか…?寒かっただろう」
「平気ッス。予想より遅かったから、ちょっと冷えただけ。部長は、何してたの?」
 問われて、手塚は改めて今日一日を思い起こしてみる。
 登校して、授業を受けて、不二と話をした。また授業を受けて、皆に誕生日を祝ってもらった。
 けれど、それとはまた別に、自分の心を占めていたものが、あったのではないか。

―そうだ。

「…待ってた」
「え?」
 それは、極自然に手塚の口から滑り出た。
「俺も、待ってたんだ…お前を」
「本当に?」
 ぱっとリョーマの顔が明るくなる。ここでは「もちろん」とでも返せばそれでいいのに、手塚は眉間に皺をよせて、真面目に考えてしまう。
「…多分」
「何ソレ。まあ、いいや。今はそれだけで充分」
 呆れながらも嬉しそうなリョーマを見ていると、手塚もなんとなく嬉しくなる。
「っと、俺、まだここに来た理由を言ってなかったよね?そういえば」
「理由…?」
 確かにリョーマは「待っていた」と言っただけだ。そう気付いて、手塚は少し気恥ずかしさを覚える。そして、改めて、やはり自分はリョーマを待っていたのだと思った。
 リョーマは、小さい身体を精一杯伸ばすようにして、手塚に向かい合った。
「部長、誕生日オメデト」
「…ありがとう」
 ふいに、手塚はリョーマの手を掴むと、歩き出した。
「え、え?何スか?」
「せっかくここまで来たんだから、家に寄っていけ」
「いいの?」
「ああ」
 あと数時間で終わってしまう今日が、急に惜しくなったのだ。「もったいない」なんて感じたのは、今までの十五年間で一体どれくらいあっただろう。おそらく、片手でも余ってしまうに違いない。
 リョーマの手を握ったまま、玄関の扉を開ける。
 今日は、なんだかとても特別な日だと、手塚は思った。


    END


手塚お誕生日記念(記念?)SS。といってもサイトで読むとやっぱり長いなあ。
10月のコミックシティで本にして、無料配付していました(南塚スペで…)。
本ではこの後に、数年後の短い話がついていたのですが、
それは本を貰って下さった方へのお礼ということで未掲載です。



モドル
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