Deep Sea/Text






覚醒/1




「すんげぇ、俺としてはムカつくんですけど
どうにも好きみたいなんで、おつきあいして欲しいです」

ゴクリと喉を過ぎる空気が重かった。

掃除の後なのに、すでに乱れている机や椅子の間を縫う様に、スルスルと近寄ると、ポケットに手を突っ込んだまま、いつもの会話をするみたいに、でもはっきりと菊丸は大石にうちあけた。
教室にはふたりきり。
いつもの通り部活に行くため、クラスに誘いに来たはずじゃないのか?
混乱する頭を抱えながら、え?とか、あ?とか、言ってる間に更に菊丸は近づき、「大石、困る?困ってる?」と軽く首を傾げ、覗き込む様に顔色を窺った。

「ちょ、ちょっとね。びっくりしてる」
鞄に入れようと手にした教科書が小刻みに揺れ、思った以上に動揺している自分を、大石は少し哀れに感じていた。
そういう目で、彼のことを今まで一度も見た事がないと言えば、嘘になる。
かといって、その感情を認められるほど達観していた訳でもない。
固まりきらないゼリーみたいな、甘くトロトロとした形にならない後ろめたい気持ちを隠し持つそんな毎日を送っていた。

「気持悪りぃ〜とか思わないの?」
主のいない机にちょこんと座り、半分脱げそうな上履きをパカパカとさせながら、菊丸はチラリと視線を流してみた。
「その質問は難しいな、いろいろと」
いいとも悪いとも判別出来ない表情で、最後のノートをしまうと、やや落ち着きを取り戻したのか、はにかむように笑い「行こう」と、菊丸を促した。当たり前の様に差し出した手に、菊丸の手が触れた瞬間、大石は自分の考え無しな行動を軽く後悔した。
指の形を、感触を、体温をこんなにも意識してしまったのは、初めてだった。
ほんの数秒も触れていないのに、居たたまれない気持で、胸が苦しかった。
このまま握りしめたい、と考える自分は、正しいのか間違っているのか。
何をするでもなく、立ちつくす自分の不甲斐なさが哀しかった。
「そんな緊張すんなよ」
顔を見られたくないのか、菊丸は窓の方を向きながら乗せた手を自ら離すと、軽く机から飛び降りた。パッカン!と上履きの音が教室に響き渡り、フワリと舞い上がる夏服の白いシャツから、無防備な背中が見え、眩暈さえしそうだった。

認めてしまえば楽になれるのだろうか?

先に教室を出ていく菊丸の姿に答えを求めてみたところで、出てくる答えは同じ。
でも、前に進めない。
この一歩は重い。いや、ほんの半歩でさえ、踏み込めない。
常識と理性が、襲いかかる。
−男同士なんて、同性同士だなんて、普通と違うだろ−
大石は、頑なな自分を少しでも振り払えればと、慌てて菊丸の後を追い廊下に飛び出した。

「英二!」

ん?と、相変わらずポケットに手を突っ込んだまま振り返る。

「今日も一緒に帰ろうな。俺、ちゃんと考えるから。キチンと英二の事考えるから!」

ほころぶような笑顔を大石に残して、「お先っ!」と菊丸は駆け出していった。

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部活後に訪れた菊丸の部屋は、大石にはまるで別の部屋の様に感じ、大五郎の存在さえ心に余裕を与えてはくれなかった。
自ら「少し聞きたい事があるんだけど」と菊丸に言ったはずなのに、部屋を訪れてから30分、変わったことといえば、菊丸のゲームの主人公レベルが1上がった事とジュースの量が減った程度だった。
「…え、英二さっ。あの…」
「んー?」
「俺の事好きって言ったけど……」
ここまで口にするだけで、喉が切れそうな程に乾く。
「けど……にゃに??」
「あ、あの。男が男の事が好きだなんておかしいとか、変だなとか悩んだり……」
と言いかけた時、
「悩まないわけないだろっ!!」と持っていたコントローラーを壁に投げ付けて、きつい瞳で大石を見上げた。

「聞きたいことって、それ?」
まっすぐな真摯な瞳で大石を見ながら、震える声で話しはじめる。
「じゃあ、反対に聞くけど、今日なんでうちに来たの?俺に期待だけさせて、『変態野郎』って笑いに来たのかよ。『変だな』って、なんだよ。ああ、俺は変だよ。普通じゃないよ。それで満足かよっ!!」
「…英二、違っ…」
「違わないだろっ!!あの時に、笑えばよかったじゃないか。教室で、すぐに気持ち悪いから嫌だって言えばいいだろっ!!……頼むから中途半端に優しくするなよ」
最後の言葉は、部屋の空気に溶けるかのように小さく消えていった。

「…違うよ、英二。全然違う」
大石は自分の胸に手を当てて、丁寧にゆっくりと菊丸に向けて告げた。
「俺のココは英二の事がすごく好きだって言ってる。でも、頭の方ではそれは違う何か間違ってるって言う。俺は英二が好きなのに、もう一人の俺はそれを認めない。だから、すぐに答えられなかった。答えたかったのに、止められたんだ」
「……大石」
「だから、英二に聞きたかったんだ。どうして、答えが出せたのか。俺はまだ迷ってる。これで本当にいいのか、迷って悩んで、どうにかなりそうだよ」
そういって笑った大石の歪んだ笑顔は、今にも泣きそうに菊丸には見えた。


「答えが…欲しいの?」
「…うん」
「教えてあげようか?」

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菊大のつもりなのに、いつもの大菊と何が違うんだか自分でも謎ですが
菊大のつもりなのでよろしくお願いします。しかも、続いてるし…。



モドル
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