Deep Sea/Text






キュービックジルコニア




玄関で菜々子さんに会った。

光る素材の水色のワンピースにヒールのついた靴、小さなバッグ。
いつもはTシャツにスカートみたいなラフな格好をしているのに。
そういえば、今日は大学の先輩の披露宴だとかなんとか、言ってたような気がする。
化粧して、髪をまとめている菜々子さんは別人のようだ。
いや、別に普段の菜々子さんがきれいじゃないって言うわけじゃ無いけど。

「リョーマさん、どうしたの?」
「ううん、別に。チョットいつもと違うな、って思って」
「そう?」
「オヤジが見たら、鼻の下伸ばすよ、きっと」
「リョーマさんったら、またそんなこと言って」

くすっと笑った菜々子さんの首で何かが、ちか、と光った。
小さな宝石が、白い首で揺れている。
全ての輪郭がぼやけたような朝の薄暗い玄関で、それだけがささやかに。
でも強く、その存在感をアピールしているみたいに見える。

「彼氏にもらったとか?」
「え?」
「ネックレス」
「ああ、これ?ふふ、そうだったらいいんだけど、残念ながら自分で買ったの」
「高そうなのに。ダイヤでしょ?それ」

俺は宝石になんて全く興味ないし、詳しくもない。
赤いのがルビーで、青いのがサファイアで(あれ、逆だっけ?)、
透明できらきらと光るのがダイヤモンド、くらいの知識しかない。
だって、そんなこと知らなくっても困らないし。

「ダイヤに見える?…でも、少し違うのよ」

そう言った菜々子さんは、何故かちょっとだけ恥ずかしそうだった。

「これはね、キュービックジルコニアって言って…簡単に言うと人造ダイヤなの」
「へえ、そうなんだ。でも高いんでしょ?」
「ううん、天然のダイヤにくらべればずっと安いのよ。
さすがに、私のバイト代で本物は無理だから、ね」
「ふーん」

だから、恥ずかしかったのかな。
別に、そんなのどうだっていいのにね。
キレイなものは、キレイ。それで充分じゃない?

「じゃあ行ってくるね」と菜々子さんが戸を開けたのと同時くらいに、
親父が玄関に現われた。珍しく早起きじゃん、髪、ボサボサだけど。
菜々子さんを見て鼻の下を伸ばしている。予想通りだ、エロ親父め。

「お、なんだなんだ?菜々子ちゃん。随分めかしこんじゃって、デートかあ?」
「おはようございます、おじさま。今日はこれから先輩の披露宴なんです」
「ほー、そうかそうか。それはしっかり未来の参考にしてこないとな」
「もう、おじさまったら」

それじゃあ、と今度こそ菜々子さんは出ていった。
残ったのは、俺と親父。なんか、急に空気が暑苦しくなったかんじ。

「うんうん、菜々子ちゃんももう年頃だからなあ…。
おいリョーマ、お前何話してたんだ、菜々子ちゃんと。んー?」
「別に。ただ、ネックレス綺麗だね、って言っただけ」
「お前なあ…そこはネックレスじゃなくて、菜々子ちゃんを褒めるところだろーが。
気の利かないやつだ、そんなことじゃ女の子にモテないぞ」
「親父が言っても、全然説得力ないね」
「うるせえ!ったく生意気なガキめ、誰に似たんだ。
ま、お前もいずれは好きな女の子に、宝石のひとつもプレゼントするくらいの
甲斐性を持てってこった」

親父はあくびしながら、かーさんメシー、と台所へ歩いていった。
…好きな人に、宝石をプレゼントする、か。
そんな自分を考えてみようとして、すぐやめた。
でも、『人造ダイヤ』という言葉だけが。
何故か、俺の心に強く残った。





日曜日でも、練習はある。

関東大会を目前に控えて、むしろ普段より熱がこもっているくらいだ。
みんな熱心だよね。まあ、俺も嫌いじゃないからいいけど。
休憩時間、俺はフェンスの前に座ってぼーっとしていた。
少し離れたところで、河村先輩と不二先輩がしゃべっている。
二人はたまにダブルスを組んでいるし、地面に棒切れで何か書いているところを見ると
フォーメーションとかの話かな。
英二先輩は、桃先輩と半分ふざけながらボールの打ち合いをしているし、
乾先輩は海堂先輩と話している。新しいトレーニングメニューでも考えてるんだろうか。
まあ…そんな、いつもの青学テニス部の光景。

そして、俺の目もまた、いつものように。
コートの脇で大石先輩と並んで話している人に向けられる。
背をまっすぐに伸ばして、腕を組んで、強い視線で。
決して大きくはないのに良くとおる低い声で、冴えた空気を纏って。
圧倒的な強さで、俺を打ち負かした人。

強い光を、放っている、人。

「やっぱり、今回の難関はまず第一試合の氷帝学園か」
「ああ」
「5位決定戦ではあのルドルフを、全く寄せつけなかったそうだし…」
「立海大付属中も、ますます力をつけているようだな」
「一度破ったとは言え、不動峰や山吹中もあなどれないし、荒れそうだな…今年は」

地区予選、都大会と、俺は何度か試合をした。
みんな強かった。もちろん、俺の方がもっと強いから負けたりしないけどね。
そんな強豪たちすら一目置く存在。青学テニス部部長。手塚国光。

部長は強い。それは、俺が(多分)一番良く知ってると思う。
完璧って言葉は正直好きじゃないけど、他に表現する言葉がみつからない、
それくらい強い。
あの強さは、一体何なんだろう。

『天才』って言葉がある。もって生まれたもの、天性の才能。
例えば(あまりよく知らないけど)不二先輩とか、
なんか腹立つけどうちの親父とかが、そういう類いの人間らしい。

そして、俺も、よく言われる。
アメリカのジュニア大会で、はじめて優勝した時。
テニスクラブで俺よりずっと年上の人間を負かした時。
とにかくテニスをやっていると、必ず。
よく言われた、
『才能あってうらやましい』と。
『凡人の自分達がどんなに努力しても、天才のお前にはどうせかなわない』と。

余計なお世話だね。
それって負け犬の遠吠えってやつ?
うっとうしい。どうでもいいよそんなこと。

別に、俺が選んで才能を持って生まれてきたわけじゃない。
もちろん謙遜する気なんてさらさらないし、
せっかくの能力ならフルに活用させてもらう、ただそれだけ。
確かに、努力じゃどうにもならない能力の差っていうのはあるって知ってる。
そして、高い能力を持って生まれて来るのは一握りの人間だって事も。
それは認める。だからみんな騒ぐんだよね。
数が少ないから、貴重だから、うらやましいから。

じゃあ、部長も、そういう人間なんだろうか。

よくわからない。けど、違う気がする。
あの人の強さは、色んな意味で『作られたもの』ってかんじがする。
テニスの強さも。精神の強さも。
尤も、みんなを引き付けるあの空気だけは天然かもしれないな。
本人は全く気付いてないだろうけどね。
自分の力で、そして時には周りの期待によって、作られた強さ。
だから、完璧なんだ。
人工的な、強さと、光り。

それは、天性の物と、どれだけの違いがあるんだろうか?



違いなんて、ない。



少なくとも、俺にとっては。



それがたとえ自然のものであっても。
人工的に作られたものであっても。
媚びずに強くあるものは、キレイだ。
自らの力で光っているものは、キレイだ。



だから、部長は、とてもキレイだと思う。



キレイなものは、キレイ。それで、充分。





「…なんだ?越前」

急に名前を呼ばれて、我にかえった。
全然意識してなかったけど、どうやら俺、ずっと部長を見ていたらしい。
部長が怪訝な顔して、こっちを見ている(ていうか、睨んでる)。
ついでに不二先輩も、いつもの笑顔(の、怖い方)でこっち見てる。
ヤバイヤバイ、にやけたり、してなかったといいけど。

「…なんでもないっス」
「そうか。休憩時間ももう終わりだ、そろそろコートに入れ」
「うぃーす」

さりげなく隣に並んで、そっと部長を仰ぎ見る。
この暑いのに、ジャージを着込んでいるから、首筋にうすく汗をかいている。
眼鏡が光を反射している。
その眼鏡の奥にある目は、強く、前を見ている。
キレイだ、と思った。



俺の好きな人は、とてもキレイだ。
だから、宝石なんて、プレゼントしない。





「ただいまー」
「お帰りなさい。どうだった、ヒロウエン」
「うん、先輩とっても綺麗で、感動しちゃった。ハイ、これ引き出物」
「…泣いたでしょ?菜々子さん。化粧崩れてるし!」
「何よ、わ、悪いっ?もー、リョーマさんは意地悪なんだから!」

ムキになって怒っている菜々子さんの首元では、
朝と同じように小さな人造の宝石が、揺れている。
玄関の灯りをうつして、ちかちかと光りながら。

「ねえ、菜々子さん」
「なあに」
「やっぱり、そのナントカ、凄く綺麗だよ。あ、もちろん菜々子さんもね」
「!!な、何よ突然!リョーマさんてば!」
「アハハ、じゃ、おやすみ〜」

部屋に入ると、カルピンが小さく鳴いて、足下に纏わりついてきた。
抱き上げて、そのままベッドに倒れこむ。
窓から見える夜空には、星がちかちかと光っている。
あの、人工的な小さな宝石みたいに。



星はキレイ。



人造ダイヤもキレイ。



でも、俺の好きな人が、一番キレイ。



だから、俺は、宝石なんてプレゼントしない。





END



モドル
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