Deep Sea/Text






第19章




「雨か…まったく、嫌になるよなあ」

 桃城が手塚の身を案じていた頃、島の一角で、ぶつぶつと呟いている人物が居た。
 伊武である。
 全くと言っていいほどやる気のない彼は、ゲームが始まってからずっと、身を隠す事もせずに堂々と島の中を歩きまわっていた。自信があるというよりも、単に面倒臭かったからである。
 ところがどういうわけか、伊武は誰とも遭遇しなかった。爆発音や叫び声を聞き付けて、わざわざその場所に行ってみても、すでに人の気配はない(倒れて動かない者はいたが)。その繰り返しだった。運がいいのか悪いのか、とにかく何事もおこらずに、今に至っている。

「大体、こんなゲームに参加させられる事自体、意味不明なんだよね」

 しばらく歩き続けているうちに、雨でぬかるんだ道に嫌気がさして、伊武は道ばたに座り込んだ。農具をしまっておくための古びた小屋の外壁に背を預け、膝を抱えて前方を見つめながら呟き続けた。

 ところで伊武は気付いていなかったが、その小屋の中には先客がいた。雨を避けようと、少し前から亜久津がいたのである。
 薄暗い小屋の中、亜久津はヤンキー座りで残り少ない煙草をふかしていた。今や、亜久津の味方はこの煙草だけと言ってもいい。なんだかんだと邪魔が入って、結局ほとんど眠れていない亜久津の苛々は最高潮に達している。煙草でも吸っていなければやっていられない。
 だが、そろそろゲームの残り人数は少なくなってきている。まだ終了までには時間があるし、ここらで一眠りしておくのもいいかもしれない。幸い、小屋の中には農具と共に乾燥した藁が一山あり、それをベッドにすれば案外快適であろうと思われた。
 フィルターぎりぎりまで吸った煙草を消して、亜久津は藁の上に長身を横たえた。太陽によく干された藁は思ったよりも温かく、柔らかい。母・優紀がよく見ていたアニメ番組に、こんなシーンがあったような、なかったような…。そんなことを思っているうちに、亜久津はとろとろと心地よい眠りの世界に落ち始めた。その時、小屋の外から呪詛のようなつぶやきが聞こえてきたのである。

(…無視だ、無視)

 もとより亜久津はこのゲームに積極的ではない。生き残るつもりではあったが、襲われれば反応できる自信はあるし、今は睡眠の方が優先だ。そう自分に言い聞かせ、壁に背を向けて目を瞑る。
 だが、こういう時は気にしないようにすればするほど、気になってくるものである。おまけに声は止むどころか、わずかずつ音量があがってきているようだ。

「あーあ、もうなんか本当にやんなるよなあ。殺しあうにしたって、こんな回りくどい事しなくても、もっと他にやり方があるんじゃないの。おまけに雨まで降ってきてさ。最悪だよ」

 まったくだ、と思わず同意しかけて、亜久津は慌てて頭を振り、再び強く目を閉じ、羊を数えてみる。だがそんな亜久津の努力も空しく、眠気はどんどんと遠ざかっていった。

「いっそさっさと終わってくれないかな…誰にも会えないし。どうせみんな、俺を避けてるんだ…絶対そうなんだ…。あーあ、橘さんどうしてるかな…」

(橘…!)

 それは、自分の貴重な睡眠を邪魔した人物の一人である。懐中電灯の眩い光の向こうで、やけに爽やかに笑っていた顔(もっとも、数瞬後には180度変貌したが)を思い出し、亜久津の心にふつふつと怒りが込み上げてきた。

「まさか、もう誰かにやられちゃったのかな…。こんな馬鹿げたゲームに真剣にのる奴で、橘さんを倒せると言ったら…越前君とか越前君とか越前君とか越前君とか……亜久津とか。かな」

 そこで、亜久津はキレて立ち上がった。
 声も気に喰わなかったが、越前リョーマと同列に扱われた事の方が燗に触ったのだ。ラケットとボールを掴み、藁を舞い上げて小屋の外へと飛び出した。

「あ」

 膝を抱えた伊武と目が合った次の瞬間、亜久津は渾身の力を込めて、ラケットを振った。

「よーくわかったぜ…」

 爆風で舞い上がり、ふりかかってくる小屋の残骸を避けもせず、亜久津は肩で息をしながらその場に立っていた。脱色した髪が、ほこりでさらに白さを増していく。

 「このふざけた状況から開放されるには、さっさと終わらせんのが一番だって事がな…!残りの連中も、今すぐ片付けてやる!」

 瓦礫の中から荷物を拾い上げると、亜久津は走り出した。雨の音に混じって、「ほんとにやんなるよなあ」というつぶやきが聞こえたような気がしたが、振り返らなかった。

 不動峰中学・伊武深司、敗退。



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ある意味、一番まともなのがこの二人って感じです。



モドル
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