Deep Sea/Text






第18章




「これは…一体…」

 半ば廃虚と化した灯台で、手塚はひとり呆然と立ちすくんでいた。
 眠りに落ちて間もなく、大きな爆発音と振動で目覚めた手塚は、身体の痛みも忘れ部屋から飛び出した。そして今、信じられない光景を目にしている。

「どういうことだ…まさか襲撃されたのか?」

 まだ煙の立ち込めている室内に一歩踏み、何かに躓いた手塚は足下を確認してぎょっとした。大きな身体にブルーグレーのジャージ。樺地だった。

「おい、しっかりしろ!何があったんだ!」

 だが返事はなかった。必死で動揺を鎮めながら、改めて室内を見回した手塚は、床に倒れている氷帝学園のメンバーの姿を認めた。誰一人、動く者はいない。
 そして、

「跡部!」

 跡部は、樺地の巨体の下で押しつぶされるようにして倒れていた。何故か手にはシチューの入った皿を持っていたが、手塚がその半身を抱き起こすと皿は白い手を離れ、床にカタリと落ちた。

「跡部…どうして…」

 ほんの数十分前、手塚を励ましたその唇はもう何も語らなかった。
 この場所で何が起こったのか手塚には理解できなかったが、一瞬のうちに氷帝学園のメンバーが全滅したのは確かなようだ。まだ襲撃者が潜んでいる可能性もあったが、手塚はしばらく動くことが出来なかった。
 やがて手塚は跡部の身体をそっと下ろすと、痛みを堪えながらなんとか樺地の身体をよけ、周囲に倒れている他の四人からも瓦礫をどけて、それぞれを横たえた。
 不思議と、哀しみはなかった。ただ、静かな怒りと決意が手塚の胸のうちにあった。

「俺は、必ず生き残って、仲間を守ってみせる。約束するぞ、跡部…」

 しばらく後、手塚は灯台を離れた。
 昨晩逃げる途中で失った自らのラケットの代りに、無事に残されていた跡部のラケットを持ち、使えそうな物をまとめたバックパックを担いで、いつの間にか降り出した雨の中をただ歩いた。
 彼の仲間の待つ、島の西を目指して―。



 ****



「できたぞ…完成だ。なんとか間に合ったな…」

 島の一角にある古びた工場の倉庫内。
 しゃがみ込んでなにやら作業をしていた乾は、軍手をはめた手で額の汗を拭った。あたりには、携帯用のコンロや小さな鍋などが散乱している。
 ふーっと大きく息をついた乾は、廃材の上においてあった自分の荷物を整理しながら、呟いた。

「後は、あいつを探すだけか」

 大きめのリュックの口をしっかりと閉め、入れ忘れた物がないかを確認すると、乾は傍らにおいてあった愛用のラケットに手を伸ばす。

「…この広い島の中で一人を探すのはなかなか困難だと思っていたが…案外、そうでもなかったようだな」

 そのまま立ち上がり、ゆっくりと後ろを振り返った。

「会いたかったよ。お前を、ずっと探していたんだ…越前」
「…それはどうも」

 倉庫の入り口で赤いラケットを手にした少年は、帽子のつばに指をかけたまま、不敵に笑った―。



****



「雨か…。ったく、ついてねーな、ついてねーよ…」

 梢の隙間から落ちてきた水滴を手に受けて、桃城は忌々しげにどんよりと灰色に沈んだ空を見上げた。
 手塚と別れた後、誰にも会うことなく島の西端に辿り着いた桃城と勝野は、枝振りのよい木の下で肩を寄せて蹲っていた。もちろん、桃城の右手には常にラケットが握られている。一瞬たりとも離さずに握りしめているため、たまに持ちかえると手にわずかな痺れを感じた。

「手塚部長…無事に、逃げることができたでしょうか…」
「当たり前だろ?なんてったって、あの手塚部長だぜ。そうそうやられたりしねえって」
「そ、そうですよね!」

 後輩を安心させるためにそう言いはしたものの、実のところは桃城も不安で仕方がなかった。手塚は怪我をしている。この状況で、足を痛めているというのは致命的だ。それでも今は、信じるしかない。

「部長…無事に戻ってきて下さいよ…」

 雨足は、徐々に強くなりつつある―。





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