Deep Sea/Text






第17章




「そろそろ出来ますよ〜。宍戸さん、テーブル拭いて下さーい」

 コトコトと小さな音を立てている鍋の蓋を開けて中を覗き込むと、鳳は振り返って背後の仲間達に声をかけた。
 今回、この「元」親善試合に氷帝から参加したメンバーは跡部、宍戸、忍足、向日、鳳、そして樺地の6人である。見張りに出ている忍足と跡部を除いた4人は、食堂で思い思いに時間を過ごしていた。

「長太郎〜、今日の昼メシ何よ」
「シチューですよー」

 緊張感のない会話をしながら、宍戸は大きな木のテーブルをふきんでざっと拭いた。その横では、床に直接座った樺地が大きな身体を丸めて、何やらせっせと手を動かしている。

「樺地、お前さっきから何やってンの?」
「ウス」
「…わかんね…」
「あーあ、それにしても何で俺達こんなことやってなきゃいけないんだよ。ジローのやつ、今回に限って選抜試合で負けやがって。いいよなー」
「跡部が相手じゃしょうがねえだろ。それに運も実力のうちって…おっ、戻ってきた」 軋む音とともに扉が開き、跡部が食堂に姿を現わした。

「手塚さんの具合、どうですか?」
「ようやく目を醒ましたところだ。あちこち打撲してるが、まあ大丈夫だろ」
「そっか、よかったじゃん。ったく侑士のやつ、『手塚が死んでる!』って大騒ぎしやがって」
「あの状況じゃ仕方ねえな。おい、樺地」
「ウス」

 跡部に呼ばれて、樺地は顔を上げた。

「そろそろ忍足と見張りを交代してやれ」
「ウス」

 巨体をのそりと動かして樺地は立ち上がり、手にしていた物を近くの棚の上に置いた。

「なんだ、それ」
「ウス」
「そうか」
「…ウス」
「ああ、あとで俺から手塚に渡しておく」

 樺地は頷くと、今さっき跡部が入って来たのとは反対側の、灯台へと続く扉へと向かい、のしのしと食堂の外へ出て行った。その姿を見送った後、宍戸は椅子を引いて自分の席(お誕生席)に座る跡部をまじまじと見つめ、感心したような、呆れたような声を出した。

 「なんであれで通じるんだよ」
「ハン、お前にゃわからねえだろうなあ。俺と樺地の間にある、こう、絆って言うかな…」
「あーハイハイ。で、あいつ何やってたの?」
「手塚のジャージを繕ってるんだとよ」
「ジャージ…?」

 首をかしげる宍戸の疑問を受けて、跡部は棚の上からジャージの上着を手に取った。白地に鮮やかなブルーが配されたジャージは、泥で薄く汚れている。それはまるで、この島での手塚の苦難を物語っているかのようだった。

 「…あいつを見つけて部屋に入れた時、肩の辺りが破れてたのに樺地が気がついてな。それを直してるらしいぜ」
「樺地は家庭科得意ですからねー」
「こんなところにまで裁縫道具持ってきてんのか…」

 鳳がテーブルの上に皿を並べ、シチューをよそいはじめた時、ラケットを脇に抱えた忍足が入って来た。

「お、うまそうな匂いやなー」
「侑士、おつかれ。なんか変わった事あったか?」
「なんもあらへん。平和そのものや。それより跡部」
「アン?」
「樺地を見張りに立たすの、やめた方がええのんちゃうか」
「何で」
「あの見張り台、柵はグラグラやし、ハシゴも樺地がのぼって来る時ギシギシゆうてたわ。樺地の体重やとちょっとなあ、心許ないで」
「ボロいもんな、この灯台…」

 小さな漁村のためのこの灯台は、かなり年季が入っているようだった。風雨に晒された外壁はところどころヒビが入り、場所によっては接がれ落ちている部分もある。
 忍足は大袈裟な身ぶりとともにふうっと大きなため息をついてみせた。

「跡部サマは見張りに立ってへんから、わっからんやろけどなあ」
「何が言いてえんだ、あぁ?この俺様に見張りしろってのか」
「まあまあ二人とも。食べ終わったら、俺が樺地と交代しますから」
「あんまり跡部を甘やかすなよ」
「黙れ宍戸。じゃあ頼むぞ、鳳」
「はいっ、任せて下さい。そうだ、手塚さんの分はどうします?」
「後で俺が持って行くからいい」

 シチュー皿の前に置かれたスプーンを指先で弄びながら、跡部は答えた。手塚はまだ目が醒めたばかりであるし、食事はもう少し休ませてからの方がいいだろうという判断である。幸い骨折こそしていなかったが、手塚の身体が受けているダメージは相当なものに違いない。

「そんじゃ、俺らはお先にいただくとしよか」
「おうっ!」
「…何や岳人、随分嬉しそうやな。なんかあったんか」
「別に〜」
「…?」
「それにしても、よくシチューなんか作れたな。こんなボロ灯台に、生クリームなんてあったのか?」
「そんなのあるわけないだろ!」
「レトルトですよ。それだけだと具が寂しいので、缶詰めを足して少し煮たんです」
「缶詰め?缶詰めってのは黄色い桃が入ってるものだろ。シチューに桃か?」
「ハ、ハハ…」
「…もういいから、早く食おうぜ…」
「そんじゃあらためて、いっただきまー…」

 全員がスプーンを手に取ってシチューをすくったところで、向日がひどく嬉しそうな声音で、隣に座る忍足に話し掛けた。

「なあ侑士、ちゃんと味わって食えよ!これ、俺が作ったんだからさあ」
「…えっ!?」
 カチャーン、と澄んだ音をたて、宍戸と忍足の手からスプーンが落ちた。

「な…長太郎が作ったんじゃ…」
「向日さんがどうしてもっていうので…ちょっとだけ、手伝ってもらいました」
「なんだよ宍戸!文句あんのか?」
「大アリだ!」
 宍戸は握りこぶしでダン、とテーブルを叩いた。スプーンとシチュー皿がわずかに宙に浮く。
 向日岳人の料理の腕前は、一度でも同じクラスになった事がある人間なら大抵知っている。良く言えば独創的、悪く言えばゲテモノ的なそのセンスと味付けで、同じ班の生徒を恐怖に陥れる事で有名なのだ。
 実際には普通の料理もできるようなのだが、「それじゃつまんないだろ」と常人には理解できないレシピの数々を披露する。その材料には想像を絶する物が使われているというのが、もっぱらの噂であった。

「食べてしもたやん!」
「なんだよ、大丈夫だって!」
「うるせえな、食事くらい静かに出来ないのか、お前らは」
「ほら、跡部はちゃんと食ってるだろ」
「跡部の味覚もある意味信用ならねえんだよ!」

 その時。

「…ぐあっ!」

 突然無気味なうめき声がして、皆は一斉にそちらを見る。声の主は、忍足だった。その顔は青ざめ、両手で喉のあたりを掻きむしるような動作をしている。

「忍足…?どうした?」
「が、岳人…これ一体、何入っとるん…あ、アカン、俺もう駄目や…」

 そして、そのままバタリとテーブルに突っ伏して動かなくなった。

「忍足さんっ!」
「だ、駄目だ…もう、死んで…る…」

 宍戸はしばらく忍足の肩をゆすっていたが、すでに忍足の身体からは力が失われていた。

 「向日!てめえ、料理に何入れた!」
「何って別に…レトルトじゃ味気ないと思って、俺の特製調味料を隠し味に入れただけだぜ?使ったのは今日が初めてだけど。材料は色々だけど、メインは庭で採った茸かな」
「…長太郎〜!お前、しっかり見張っとけ!」
「すいませんっ」
「そんなことよりどうすんだよ、侑士が死んじゃったじゃん!」
「てめえのせいだろーがー!」

 侃々諤々のメンバーを他所に、跡部は相変わらず優雅な所作で食事を続けていた。

「そんなにまずいか?これ。俺は結構いけると思うぜ」
「食うなー!ていうか状況を見ろ!」
「何だよ宍戸、俺の料理にケチつけやがって!こうなったら勝負だ!」
「ちょ、向日さん、それは…!」

 激高した向日がラケットと共にその手にしたのは、鳳に支給された爆弾ボールだった。立てこもった時に、全員の支給物をまとめて管理していたのである。

「行くぜっ!」

 鳳の制止も空しく、向日の手からボールは放たれ、背後の壁にあたって爆発した。

「うわあー!」
「危ねえ!」

 だが、跡部だけは咄嗟に驚くべき反応で壁際の大きな本棚の影に滑り込んだ。ばらばらと降り注いでくるコンクリートや木のかけらを手にしたままのシチュー皿で避けながら、舞い上がった埃に大きくむせ混む。

「一体どうなって…うあっ!」

 階下から響いてきた爆発音に気がついた樺地が様子を見ようと下を覗き込み、朽ちかけた柵から落ちて屋根を突き破り、跡部の上に落ちたのはその直後だった―。

 氷帝学園中学・跡部景吾、宍戸亮、忍足侑士、向日岳人、鳳長太郎、樺地宗弘、敗退。



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いっぺんにたくさんの人を敵にまわした気がしないでもないです(汗)
最初描いた時はもっとあっさりと(…)終わるところだったのですが、
そのあと氷帝戦がはじまったので、ちょっとだけ長くなりました(悪い方向へ…)。



モドル
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