Deep Sea/Text






第13章




「勝野、そろそろ起きろ」

 乾が診療所を去った後、手塚達三人は交代で仮眠を取る事にした。しかし診療所の中と外、双方に見張りを立てなければ安全とは言えない状況のため、せいぜい2〜3時間しか休めないが、それでもないよりはましだ。
 もっとも、手塚だけは眠らなかった。桃城が散々なだめたりすかしたりして説得したのだが、とうとう首を縦には振らず、ずっと見張り役をしていた。少しでも長く後輩を休ませようというのももちろんだったが、色々と考える事が多くて眠れそうにはなかったのだ。

「ん…」
「良く眠っているところをおこしてすまないが、もうここを離れないとまずい」
「ふぁ…す、すいません、起きます!」

 まだぼんやりとした目をこすりながら、勝野はなんとか体を起こした。窓の外は、すでに夕日で赤く染まっている。
 今後の事を話し合った末、手塚と桃城の意見は、この狭い診療所にこもっているのは危険であるということで一致した。いくら見張りを立てていても、遠距離からガスや爆弾のボールを打ち込まれたら最後だ。さらに夜になれば視界が一気に悪くなってしまう。それならばむしろ、見晴しの良い場所で周囲に気を配っていた方が安全だろうと判断した。
 そのため、完全に暗くなってしまう前に、この場所を離れ、朝方三人が出会ったあたりへ移動する事に決めたのだった。まさか海の上から襲ってくる者はいないだろうから、背後が海に面している方がより安全であるに違いない。
 手塚と勝野が荷物をまとめていると、外から桃城が入ってきた。

「今んとこあたりには誰もいないっすよ」
「よし、では出発しよう」
「手塚部長、足は大丈夫ですか?」
「ああ、大分休めたからな…問題ないだろう」

 湿布薬や包帯、台所に残っていた缶詰めなど、使えそうなものをいくつか失敬して、三人は診療所を出た。夕方とはいえ、外はまだ蒸し暑い。西の空はすでに薄紫色にとその色を変えはじめていた。
 三人は来た時と同じように並んで、周囲に神経を払いながら、島の西端をめざしてゆっくりと進んで行った。途中、観月と赤澤がいた農家の横を通ったが、すでに薄暗くなっていて、赤澤の姿をはっきりと確認する事はできなかった。

「今、どのあたりなんでしょうか…」
「えーっと、もうそろそろ島の中央ってとこだな」

 農家の前を過ぎてしばらく後、陽は完全に落ちて、あたりは暗闇に包まれた。灯りは桃城と手塚の懐中電灯しか存在しない。夜でも明るい都会育ちの三人が殆ど経験した事の無い、真の闇である。勝野は前を歩く桃城のジャージの裾に掴まらんばかりに怖がっていた。
 手塚は、歩きながらそっと空を見上げた。東京では決してお目にかかれない、満天の星空がそこにあった。幼い頃に家族と共に行ったスイスで見た星空も、こんな風に美しかった事を思い出す。
 これが、たとえば合宿の最中だというのならば、こんな素晴らしいロケーションはないだろう。そう思って、手塚がふっと小さく息をついた、その時。
 手塚は、その視界の端に、何か動く物を捉えた。

「…!桃城っ!」
「え?」

 叫ぶと同時に手塚は脇に抱えていたラケットで、ポケットに入っていたボールをその物体…どこからか飛んできたテニスボールへ向かって打ち込み、さらに次の瞬間に、二人を思いきり突き飛ばした。
 手塚が打ったボールは、飛んできたボールを見事に捉え、正面からぶつかった。その途端、耳を劈くような轟音とともにボールは爆発し、手塚は爆風にあおられて地面に転がった。

「部長ーっ!」
「俺は大丈夫だ、それより立ち止まるな、走れ!また襲ってくるぞ!」

 なんとか体勢を整えた手塚は、ボールが飛んできた方向へ目を凝らした。案の定、さらにボールがもうひとつ、空を切って飛んできた。

「ふざけやがって!」

 今度は桃城が素早くボールを打ち込んで、二撃目に当てた。再び、あたりに爆音が轟く。

「くっそ…!誰だ!」

 桃城は辺りを見回したが、襲撃者の姿は見えなかった。だが、追いかけてきているだろう事は火を見るよりも明らかだ。

(まずい、このままでは…)

 手塚は、走りながら必死に考えを巡らした。相手は爆弾入りのボールを持っており、この状況では打ち返すのにも限界がある。となれば走って逃げ切るか、相手を倒す以外に助かる術はない。逃げる方が現実的だが、こちらは三人で、しかも、

(今の俺の足では逃げ切れない)

 いくらかひいたとは言え、捻挫した手塚の足の痛みはまだ強く残っており、なんとか走るのがやっとという状態だった。このままでは、すぐに追い付かれてしまう。

(やむを得ない)

 手塚は決心して足をとめると、桃城に向かって叫んだ。

「桃城!」
「え?部長、何やってんすか!早く!」
「いや、このままでは、全員やられてしまう。俺が相手を引き付けるから、その間にお前達は逃げろ」
「て、手塚部長!」
「そんな事、できるわけ…」
「早く行け!俺も後から必ず行く。桃城、お前は勝野を守って逃げろ!いいな!」

 言い捨てると、手塚は元来た方向へと走り出した。

「部長ーっ!!」
「誰だか知らないが、俺はここだ!来い!」

 手塚は大声で自分の位置をわざと知らせながら、途中で左に曲がって道をはずれ、林の中へと入った。走りながら背後を伺うと、何者かがついて来る気配を感じた。

(この分なら、桃城達は大丈夫だな)

 とりあえず二人の安全を確保できた事で手塚はいくらか安堵したが、走る速度は緩めなかった。いくら囮になったといえど、むざむざやられるつもりは毛頭無い。この状況では、障害物の多い場所の方が逃げ切れる確率があがるだろうと計算して、林の奥へと走り続けた。
 手塚は、もう後ろを振り返らなかった。相手を確認するよりも、全速で走って逃げ切った方がよいという冷静な判断もあったが、理由はそれだけではなかった。

 知りたくなかったのだ。

 振り返ったその先にいるものが誰であれ、それは共に戦った仲間であり、あるいはライバルなのだから。甘いと知りつつも、手塚はまだ過去にすがっていたかったのだ。たった数十時間前の、懐かしい過去に。
 木々の間をどれくらい走ったか、手塚の足はそろそろ限界だった。だが、追ってくる足音も徐々に遠くなってゆくのが感じられる。

(あと、もう少しだ)

 額から流れ落ちた汗を拭い、最後の力を振り絞ってさらに速度を上げた、その時。

「あ…っ!」

 突然、足下の地面が消失した。崖か、そう悟って近くの木に手を伸ばしたがわずかに届かず、手塚の体は斜面を勢い良く滑り落ちた。

「…っ!」

 手塚の体は、数メートルを転がり落ちた後、大きな木に衝突して止まった。痛む体をひきずり起こして、なんとか立ち上がろうとしたが、叶わなかった。
 そして、手塚はそのまま崩れ落ちて、意識を失った。





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ああん、誰もやられないとギャグにならないなあ(悪魔)
こういう状況に陥った時、一番甘いのは実は手塚だと思います。



モドル
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