Deep Sea/Text






第11章




「あった、診療所!ふぃ〜、やーっと着いたぜ」

 午後2時を過ぎた頃、手塚、桃城、勝野の三人は、ようやく島の東端にある集落へ辿り着いた。そこは本当に小さな集落で、目指す診療所もすぐに見つける事ができた。
 赤澤達と出くわした後は、幸い誰にも遭遇しなかった。集落もひっそりと静まり返っていて、人気は全く無い。

「おじゃましまーす…っと、なんか泥棒みたいで変な感じっすね」

 小さな診療所の摺ガラスの引き戸を開けて、まず桃城が一人で中に入った。誰か他の者がいることを懸念しての行動だったが、診療所も無人だったため、桃城は中から二人を呼び寄せた。
 診療所の中は、診察室と居住スペースが混在していた。人口の少ないこの小さな島の施設としては、これで充分なのだろう。

「あー、陽が遮られるだけでも涼しいぜ。部長、そこ座ってて下さい」
「すまない」

 こじんまりとした診察室の椅子に手塚を座らせると、桃城は薬品棚をあさり始めた。さしあたっては湿布と、鎮痛剤の類いを探すつもりだった。だが。

「…ん…?」
「どうした、桃城」
「いや…部長、もしかするとここ、もう誰かが一度来てるっすね」
「え?どうしてわかるんですか?」
「見て下さいこれ。薬が、不自然に無くなってる…」

 手塚は立ち上がって桃城の指し示した抽き出しを見た。確かに、ケースにきっちりとつめられた薬の一部分だけが、きれいに空になっている。

「この状況で必要なものは皆一緒だからな。同じ事を考えた者がいても、不思議じゃない。あるいは…」

 あるいは、やはり怪我をした者が薬を求めて立ち寄ったのか。そう思い至って、手塚は眉を顰めた。

「まいったな、どうも鎮痛剤があったっぽいんだよな、ここ…」
「我慢できないほど痛むわけじゃない、大丈夫だ」
「あ、でも、こっちに湿布はありますよ!」
「お、でかした!」

 とりあえず湿布薬で応急措置を施して、手塚はようやく一息ついた。と同時に、どっと疲労感が襲い掛かってきた。昨晩からほぼ一睡もしていないうえ、ずっと緊張の連続だったのだから無理もない。
 手塚は椅子に座ったまま、目を閉じた。ふいに、

―手塚、君は、生き残ってくれ―
―部長、この際だから言うけど、俺―

 脳裏に最後に見た不二とリョーマの姿が浮かび上がって、手塚は軽く頭を振った。

「あー、安心したらますます腹減ってきた。なんか、食い物残ってないっすかねえ」
「残っているかもしれないが、なまものはまずいな」
「台所に、お米なら…」
「米っつっても、炊飯器使えねえだろ?電気止まってるみたいだし」
「炊飯器…。鍋で炊けばいいだろう」
『鍋で米が炊けるんですか?』

 最後の台詞は桃城とカチローがほぼ同時だった。現代っ子では知らなくても無理もないか、と手塚は思ったが、そういう自分も一応現代っ子である事は忘れているらしい。

「わかった、俺がやる。だが、水道も止まっているだろうな」
「外に井戸とかないっすかね?俺、ちょっと見て来…」
「ぎゃあっ!」

 突然カチローが甲高い声で叫び、その声に驚いた手塚と桃城はびくっと体を震わせた。

「な、なんだよ突然!でけえ声出すな、びっくりすんだろが」
「い、今窓の外に何か無気味な影が…!」
「なんだと?」

 すかさず二人はラケットを握った。哀しいかな、すでに条件反射となっている。

「二人はここにいてください、俺が見てきます」
「気をつけろよ…桃城」
「だーいじょうぶっすよ!」

 桃城はそろそろと玄関へ移動して、壁に身を隠すようにして外の気配を伺った。確かに、誰かが戸口の辺りをうろうろとしているようだ。
(誰かはわからねえが、ここはやっぱ…先手必勝だろ!)
 桃城はラケットを構えなおして引き戸に手をかけた。その瞬間、引き戸が向こう側から開けられて、桃城は思わずつんのめってしまった。

「うわ…っ!って、え?あ、乾先輩!!」
「誰かいるようだとは思ったが…桃だったのか」

 引き戸を開けたのは、乾だったのだ。その声を聞き付けて、手塚とカチローも玄関へやってきた。

「…乾…!無事だったのか!」
「手塚…」

 四人はしばし再会を喜びあった。それから、お互いの状況を話し合うことにした。今は、何よりも情報が欲しかったからだ。

「乾は、俺達の他に誰かと会ったか?」
「ああ、まあ…。と言っても、ほんの数人だけどね」
「誰っすか?」

 乾はなぜか即答せず、ちらりと桃城の顔を見た。

「何すか?」
「いや…。海堂に、会ったよ」
「マムシに?そっか…まあ、あのしつこい奴が簡単にやられるわけねえけどな!」
「…」

 心なしか嬉しそうな桃城とは反対に、手塚の表情は曇った。海堂と出会ったのに、何故乾はひとりなのだ。

「乾…海堂は、どうした?なぜ、一緒にいないんだ」
「…手塚の考えている通りだよ」
「…やられた、のか」
「え!?」

 桃城が、信じられないといった顔で、乾と手塚を交互に見た。

「は、はは…乾先輩、冗談きついっすよ」
「いや、本当なんだ桃。俺が会った時には、まだ息があったんだが…」
「そ、そんな…海堂先輩…!」

 カチローはすでに涙目になっている。事実上とどめをさしたのは乾と言ってもいいのだが、それについては乾は黙っていた。
 突然、桃城はガタリと椅子をならして立ち上がった。それから三人に背を向けると、玄関へ向かって歩き出した。

「部長…俺、水探しに行って来るっすよ」
「あ、桃ちゃん先輩、僕も…」
「いいんだ、勝野。ひとりで行かせてやれ」

 桃城と海堂はいつも喧嘩ばかりしていたが、一年生の頃から二人を見てきた手塚や乾には、今の桃城の気持ちが良くわかった。
 玄関の扉が閉まる音を聞いてから、手塚は再び乾に向き直った。

「他には?というより、海堂は誰にやられたんだ」
「…わからない。だが、予想はつくよ。俺の言いたい事、わかるよな…手塚」
「…」

(やはり、越前…なのか…)
 手塚は我知らず唇を噛み締めた。乾がカチローや桃城の前で名を出せない人物で、あの海堂がやられるような相手と言えば、それ以外には考えられなかった。
(あの時、分校の前で…俺が…)

―俺が、越前を止めていれば良かったのだろうか?

「…塚。手塚、聞いてるか?」
「え?ああ、すまない」
「今はあまり余計な事を考えない方がいいよ」
「…わかってる」

 そこで、桃城がバケツに水を汲んで戻ってきた。やはり、庭に井戸があったらしい。台所に水を置いた桃城が座に加わったところで、今度は手塚達が今までの状況を一通り説明した。

「そうか…。結構人数が減ってきているんだな…」
「乾、お前、これからどうする?」
「どうするって部長、そんなの一緒に行動するに決まって…」
「いや、残念だがそれはできない」
「何でですか!?」

 驚く三人の顔を眺めた後、乾は軽く眼鏡の位置を直した。

「俺には、このゲームが始まってから、どうしても会いたい奴がふたりいたんだ。一人は、海堂。そして、もうひとりは…今は言えないけど、でもなんとしても会わなければいけない。だから、俺は一人で行くよ」
「乾…」
「そんな、せっかくあえたのに…また別れるなんて嫌です!」

 カチローは今や完全に泣いており、乾のジャージの袖を掴んだ。

「止めても無駄なんだな、乾」
「ああ。ごめんな」
「部長!乾先輩も、何言ってるんすか!」

 桃城は二人の顔を交互に見たが、やがて諦めてため息をついた。止めても無駄だという事が、桃城にもわかったからだ。

「さてと、じゃあ俺はもう行くよ。時間がもったいないからね。皆も気をつけてくれ。また、後で会おう」
「…ああ」

 玄関の引き戸に手をかけたところで、乾は立ち止まって、手塚の方を振り返った。

「手塚、さっき言った事、ひとつ訂正するよ。会いたかったやつはもう一人いたんだ。…会えて、良かった」
「…乾…死ぬなよ」
「ああ、生き残る確率はあまり高くなさそうだけどね…じゃあ」

 乾が立ち去った後も、三人はしばらくその場に立ちすくんでいた。





PREVNEXT


くれぐれも言っておきますが、この話はギャグです。本当です。
ちなみにあたしはリョ塚で跡塚で乾塚です。



モドル
2style.net