Deep Sea/Text






第8章




「フシュ〜ッ」

初夏のまばゆい木漏れ日の中を、青春学園二年・海堂薫は軽快な足取りで走っていた。ここがどこだかは分からないが、空気は澄んでいて、小鳥のさえずりも心地よい。ロードワークには絶好のロケーションだった。
昨晩学校を出た後、海堂はとりあえずその場を離れ、何キロか離れた山の中へと移動した。何を祀ってあるものか、小さなほこらを見つけるとその前に身を落ち着け、夜を明かした。そして、普段通りの時間にトレーニングを開始したのだった。
様々なことが頭に浮かんでは消えたが、それでも海堂は黙々と走り続けた。もちろん、仲間を倒して生き残ろうなどとは思っていなかった。あまり他人と馴れ合うことを好まないこの不器用な自分に、今、何ができるだろうか。それを考えた結果、海堂は走ることに決めたのだった。

(気に喰わねえのはやまやまだが、今さらジタバタしても始まらねえ)

海堂も先刻の放送を聞いており、すでに数人の選手が倒れていることを知っていた。それは、この状況を悲観して自ら命を断ったのでない限り、そこに「敵」となる誰かがいた事を示している。誰かはわからない。ということは、誰もが敵であり得るのだ。

(だが)

タッ、タッ、と一定のリズムで足音が響く。時々スニーカーの下で小枝がポキリと音をたてた。

(踊らされたら、奴らの思うつぼだ)

「奴ら」が誰なのかは、明確にはわからない。おそらく、芝はただのスポークスマンなのだ。その不明瞭さが海堂を苛立たせたが、それでも今は冷静であることこそが、最善の道であると、自分に言い聞かせた。

「…ん?」

辺りを一周して再びほこらの前に戻った時、海堂は何か言葉に出来ない違和感のようなものを感じた。立て掛けてあったラケットにそっと近付き、手にしたその時。
背後で空気が鳴った。
海堂は素早く振り返り、飛んできた黄色い物体を打ち返した…はずだったが、それはガットに深く食い込んで離れず、手首に不快な重みを残した。目をやると、テニスボールの内側から鋭い棘が数本飛び出ており、木漏れ日を反射して鈍く光っていた。

「チッ…」
「くすくす」
「お前は…」

木立の中からゆっくりと現われたのは、聖ルドルフ学園・木更津淳だった。トレードマークの赤い鉢巻きが、風にゆらゆらと揺れている。

「貴様…どういうつもりだ」
「どうって言われても困るなあ。ラケット折っとかなかっただけでも、感謝してよ」
「ふざけるな」

どうやら、木更津は少し前からここに身を潜めていたらしい。海堂は木更津から目を離さないまま、注意深くラケットから棘つきのボールを取り外した。見事にスイートスポットで捉えた事を、切れたガットの位置が証明している。

「流石だね」
「…」
「見覚えのあるラケットだったし、すぐに君だってわかったよ…。こんな形で再戦なんて、ちょっと不本意だね」
「おい、ちょっと待て。お前、このくだらねえゲームに…」
「乗るつもりなのかって?…何度も言うけど、正直なところ不本意だよ。でも…」

木更津は、グローブをはめた左手を軽く握った。キュ、と小さく革が鳴る。

「乗っても乗らなくても待ってる結果が同じなら…乗った方が得なんじゃない?」
「…てめえ…」
「ただ死ぬのを黙って待つなんて、性にあわないしね」

いつのまにか木更津の左手にはボールが握られていた。そして、海堂が反論するより早くそれをトスし、サーブの要領で打ち込んできた。

「はっ!」
「ち、くそったれが!」

木更津のラケットにあたった数秒後に、ボールの皮を突き破って金属の棘が現われた。打ち返すことは出来ないと判断し、海堂は横に跳んでそれを避けた。ドスリと鈍い音をたてて、それは地面に食い込んだ。

「待て、話を聞け!」
「くすくす…そんな事言ってると危ないよ」
「!」

体勢を立て直した海堂の目の前に、もう次のボールが迫っていた。
やられる、そう思った瞬間。

ガッ。

どこか別の方向から飛んできたボールが、それを弾き飛ばした。

「何っ!誰だ!」
「…まだまだ、だね」
「うげっ!」

驚いて振り返ろうとした木更津の後頭部で、何か重いものがあたった鈍い音がして、木更津はへなへなと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

「き…木更津ー!しっかりしろ!」
「無理じゃないっすか?これ、鉛入ってるから」
「越前…!」

そこには、赤いラケットを手にした越前リョーマが立っていた。
「越前…てめえ!」
「怪我してない?海堂センパイ」
「何言ってやがる!」

怒りに震えながら、海堂はリョーマを睨み付けた。

「怒ってるんすか?」
「当たり前だ!」
「どうして」
「どうしてって…」
「先輩がやられそうだったから、助けてあげたのに」
「それ…は…」

海堂は返答に詰まった。
確かにリョーマがいなければ、海堂はあのまま木更津にやられていた。しかし。
黙っている海堂をしばし見つめていたリョーマは、ふっと肩を竦めて、言った。

「ま、海堂先輩の性格はよ〜く知ってるから、別にいいっすけどね」
「…越前…」

リョーマは倒れている木更津の側にしゃがみこむと、近くに落ちているバッグを開けた。

「何をする気だ」
「ボールと水を、もらっていくんすよ。もうこの人には必要無いし」
「なっ…」
「先輩」

その声は異様な鋭さに満ちていて、海堂は続く言葉を飲み込んだ。リョーマは立ち上がって、正面から海堂を見据えた。

「俺は、こんなところでわけもわからないまま死ぬなんて、ゴメンだよ」
「…」
「先輩の言いたいこともわかるよ。きっと、アンタの方が正しいんだと思う。でも、俺は絶対に生き残ってみせる」
「…それなら、なんでさっき俺をあいつと一緒に倒さなかった…」

絞り出すような海堂の声に、リョーマはちょっと困ったような笑顔を作った。

「そうだね…なんでかな?自分でもよくわかんないけど…俺、結構センパイの事、気に入ってるのかも」
「ふざけるな」
「ふざけてないけどね。まあいいや、とにかく先輩」

リョーマの顔から、笑みが消えた。

「俺は生き残るためなら、誰とだって戦うよ。たとえそれが…青学のやつでも」
「…」
「でも、今ならアンタは見のがしてあげる。次はないけどね」
「…」
「俺の言いたいこと、わかるよね?」
「…ああ…」

ここで越前と別れれば、とりあえず自分は助かることができる。また体勢を立て直して、再戦することもできるだろう。
だが、それは同時に、越前を見のがすということでもある。自分が今越前を倒しておけば、他のみんなは助かるかもしれない…。
そんな海堂の葛藤を見すかしたかのように、リョーマは小さく笑った。

「ねえ、ここは引いてくれない?俺、できればアンタとはやりたくないんだ」
「…そうは、いかねえ」

海堂は、破れたラケットを握り直し、きっとリョーマを見た。
勝てるかどうかは、わからない。それに、海堂はいつかテニスで正々堂々と越前リョーマを倒すつもりだった。だが、もしかしたらもうその機会は永久に得られないのかもしれない。それならば。

「…今ここで、決着をつけてやる」
「そっか…。ラケット、この人のやつと取り替える?」
「いい」
「わかった…じゃ、行くよ!」

リョーマは手にしたボールを高く上げ、勢い良く打ち込んだ。海堂は、今度は避けなかった。例えそれが鉛のボールだろうと棘入りのボールだろうと、真正面から返すつもりだった。ガットの切れたスイートスポットを少しずらして、海堂は飛んできたボールにダイレクトでラケットを、当てた。

「…!これは…」

海堂は、そのまま右手をブーメランスネイクの要領で大きく振り抜いた。球は大きくカーブして木々の隙間を抜け、リョーマの右側面から襲い掛かった。
しかし、リョーマはそれをラケットで叩き落とすと、バウンドしたボールを海堂の顔面めがけて、強く打ち返した。
バギーホイップショットの要領で放たれたそれは、先刻の海堂の球と同じように、側面から襲ってきた。海堂はとっさにラケットを構え受け止めたが、ボールはガットの穴をすり抜けて、横っ面を強打した。海堂は勢い良くよろけて木に強く頭を打ちつけ、横様に倒れた。

「くそが…!」

頭がズキズキとひどく傷み、視界がぐにゃりと不快に揺れた。その中で、リョーマが新たなボールを手にするのが、かろうじて見えた。

「畜生、ここまでか…でも…なんで…」

だんだんと薄れてゆく意識の中から、海堂は最後の疑問を投げかけた。

「なんで…ただのボールで……越…前…」

そのまま、海堂の意識は途絶えた。



「だから、ラケット代えれば良かったのに…」

リョーマはゆっくりと海堂に近付き、動かなくなったその姿を見下ろした。

「…俺、やっぱりアンタの事、結構好きっすよ、海堂センパイ」

呟いて、リョーマは踵を返し、荷物をまとめてその場を立ち去った。
あたりにはただ、鳥の声だけが残った。



聖ルドルフ学園・木更津淳、敗退。



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リョ…リョ海!?(わー)
なんかここだけ読むとシリアスぽい!JAROー!
薫をかっこよく書きたい!と思っているうちに長くなってしまいました。
(実際かっこよく書けたかどうかは…まあ…)



モドル
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