Deep Sea/Text






第6章




「なあ南、太一や喜多達をやったの、やっぱり亜久津だと思うか?」

島の中程にある小さな観光協会の事務所の中で、山吹中学3年ダブルスペア・通称『地味’ズ』はひそひそと言葉を交わしあっていた。建物の中には二人だけしかいないとわかっていても、大きな声で話すのはなんとなくためらわれる。
壁にかかっている古ぼけた時計は、7時を示していた。すでに太陽は昇り、カーテンの隙間から光が差し込んでくる。

昨晩あの教室をたまたま続いて出た南と東方は外ですぐに合流し、そのまま千石の号令通り島の南端へ向かう…はずだったのだが、途中で見事に道に迷ってしまった(実は、最初に支給されたバックをよく調べればコンパスが入っていたのだが、ふたりは気がつかなかった)。そしてあちこちをうろうろとしているうちに疲れ果て、結局この建物の中に閉じこもって夜明けを迎えてしまった。地味’ズの名に恥じない、まったくもって地味な行動である。
そして、先程…6時に、あの放送を聞いたのだった。

「どうだろう…でも、ウチのメンバーがまとめてやられてたところから考えると、その可能性は高い」
「じゃあ、俺達がたどり着けなかったのは不幸中の幸いか…でも…」
「ああ、千石の名前は呼ばれなかったな。あいつも集合場所へたどりつけなかったのか、襲われたけど逃げ切ったのか、それとも…」

そこで南は言葉を濁したが、言わんとしている事は東方にもわかる。つまり、3人をやったのは千石であるという可能性も否定はできないということだ。大体、集合を指定してきたのは千石なのだ。最初からまとめて始末しようと企んでいた、と言う事もできる。
だが、南は軽く頭を振ってその考えを追い出した。この状況で千石まで疑っていてはもう何も信じられなくなってしまう。

「まあ…千石の考えてる事だけは、未だによくわからないからな」
「そうだな…でも、やっぱり俺は亜久津があやしいと思うよ。今回だって、千石に無理矢理連れてこられたようなもんなんだし」
「うーん…」

そこでふたりは黙り込んだ。こんなところでそれこそ地味に顔を突き合わせていても何も解決策は生まれないとわかっているが、さりとて名案も浮かばない。少しずつうるさくなってきた蝉の鳴き声を聞きながら、膝をかかえて二人はしばらくじっとしていた。

「それにしても、大体なんで俺達こんな事やってるんだろうな?いくら脱出法方がないって言っても、何かいい解決策はないのか?」
「そうは言ってもな〜。あいつら銃持ってるぜ?おまけにこっちの居場所とか、筒抜けなんだろ?向こうにどれくらい人数いるかわからないし」

東方は、人さし指で床に『の』の字を書いた。

「そりゃそうだけど、でもどうせなら何か行動をおこしたほうが悔いが残らないって俺は思うんだよ」
「南、それ…もうどうやっても助からない人間の意見って感じなんだけど…」
「ななな、何言ってんだ東方!そ、そうじゃなくて、うまく行けば…いや、万が一…いやそのもしかしたら…」
「あー…もういいもういい…」
「ここで諦めたら俺達一生地味’ズのままなんだぞ!ここらでひとつ何か、ぱーっと最後にどえらい事をだな…!」
「お…落ち着け、南。だから、最後とか言うなっつーの…」

しゃべっているうちにだんだんと興奮してきた南に東方は、『どうどう』とまるで暴れ馬でもなだめるような仕種をしてみせた。
拳を握りしめ、肩で息をしていた南は、ふとある事を思いついて言った。

「…そうだ、あの展望台からみんなに呼び掛けて仲間を集めるってのはどうだ?」

東方の背後、北向きの窓の閉められたカーテンの隙間から、遠くかすかに石造りの東屋のようなものが見える。島のほぼ中央にあるなだらかな山の中腹にあるそれは、今ふたりが篭城している観光協会の地図に寄れば、一応展望台と言う事になっているらしい。

「とにかくふたりだけじゃどうしようもないだろ」
「そうだけど、あんな目立つところで叫んだりしたら、それこそねらい撃ちじゃないか?」
「いや、むしろ見晴しがいいところの方が安全だよ。何も銃弾が飛んでくるんじゃないんだ、中身は何であれテニスボールだぜ?たとえ相手が亜久津だろうが越前だろうが跡部だろうが手塚だろうが、いくらなんでもあそこに届くまでには逃げられるよ」
「なるほど…」
「この建物の入り口のところに拡声器あったよな?あれを使おう。よーし、派手にやってやる!もう地味’ズなんて言わせねえ!」

いつの間にか目的がすりかわってるような気がしないでもなかったが、とにかく目的を見い出した二人の目は生き生きと輝いていた。



「大丈夫っすか、部長」
「ああ…少し捻っただけだから…」
「すみません手塚部長、僕のせいで…!」
「別にお前のせいじゃない、気にするな勝野」

先程カチローをかばってルドルフの柳沢のボールを避けた時、無理な体勢で跳躍したためか、手塚はどうやら左足を捻挫したらしかった。言えば二人が気を使うだろうと思ってしばらく黙っていたのだが、歩行の微妙な不自然さを桃城がめざとく見つけたため、話さざるを得なかったのだ。泥でわずかに汚れたジャージの裾をまくると左足首は赤黒く腫れており、予想以上のひどさに手塚は少し驚いた。

「うわ部長、結構腫れてますって!どっか近くに水場ねえかな。タオル冷やして…」

桃城が自分のバッグからハンドタオルを取り出したその時。

『みんなーっ!聞いてくれー!』

「うわっ、なんだ?」

どこからともなく叫び声が聞こえ、3人は驚いてあたりを見回し、我知らずラケットを構えた。

「今の声…どこからだ?」
「あ、部長、ホラあそこです!」

カチローが指差した先、2〜3百メートルは離れているだろうか、山の中腹にある小さな建物に人影があった。遠くて顔は判別できないが、ユニフォームの色から、山吹中学のメンバーであるらしい事だけはわかる。人物は二人。どうやら拡声器か何かを使っているらしく、かすかに歪んではいるが声は手塚達の元へも届いた。

『聞いてくれ!俺は山吹中学の南だ!みんな、もう無駄な争いはやめろ!』

「何やってんだ!あんなとこで叫んでたら簡単に狙われちまうぜ、あいつら…!」
「いや…あれだけ見晴しが良ければ逆に安全かもしれない」

手塚は知る由もなかったが、それは南と同じ思考だった。テニスコートとは違ってある程度の広さがある場所ならば、むしろ障害物の無い見晴らしのいい場所の方が対処のしようがあるのではないか。もちろん一番安全なのは、誰にも見つからないように姿を隠している事ではあるが。
そこまでは手塚にも理解できたので少なからず感心したが、わからないのは別の事だった。

「ところで桃城」
「何すか」
「あいつら、誰だ」
「え?地味’ズですよね?」
「いや、それはそうなんだが…そうじゃなくてだな…」
「ああ。えーと今名乗ったような気も…」
「……」
「……」
「……」
「えーっと」
「……まあいいか…」

距離が幸いして二人の会話は地味’ズには届かず、南は続けて叫んだ。

『もう争うのはやめよう!みんなで力を合わせればこの状況を抜けだせる方法がきっと見つかる!みんなだって殺しあいなんてしたくないはずだ!そう思っているならここへ来てくれ…!』

ところで、南と東方が必死に叫んでいる展望台の数十メートル下方、潅木が茂っているあたりでは、ある人物が身を隠すようにして眠っていた。
亜久津である。
昨晩島の南端からここまで移動してきたのだが、身を落ち着けた頃にはすでに明け方近かった。怪物亜久津と言えど、さすがに昨日は疲れたため、地味’ズが展望台についた頃にはまだ気持ちよくグッスリと眠っていたのだ。
そこを頭上から大音量で叫ばれ、亜久津は無理矢理夢の中から引き戻されてしまった。

「ちくしょう…!うるせえぞ!誰だ!」

もともと不規則な生活で寝起きが悪い上、勝手のわからない島で調達がままならない煙草を節約して吸っているというストレスフルな状況にある亜久津は、自分の眠りを妨げた人物に殺意を覚えた。そっと茂みから顔を出して上方を見上げると、見なれたユニフォームの二人が目に映った。

「またウチの連中か…!どいつもこいつも…!」

すぐ近くで亜久津がラケットを握りしめた事を知る由も無く、二人は交互に叫び続けた。

『頼む、みんな!もうこれ以上…』
「…お前ら、もう逃げらんねーぜ」
『……えっ?』

不吉な声と共に二人の目の前の石段の下から、まるでクレーンで釣り上げられるような体勢で亜久津が飛び上がって現われた。そのまま空中で向きを変えると、驚きのあまり声も出せずにいる地味’ズに向かって続けざまに2個、ボールを打ち込んだ。

『わーっ、あ、あく…』
『ちょっとまっ…』

機械で増幅された悲鳴に続いて、同じく増幅された爆発音が青く晴れた空にこだました。木々に止まっていた鳥がいっせいに羽ばたき、そしてまた静かになった。

「あれは、亜久津か…?チクショウ、同じ学校の仲間をやるなんて!」
「あそこからだとここが見えるかもしれない、少し移動しよう…。だが、あの二人は立派だった。なかなかできる事じゃない」
「…そうっすね…。俺、あいつらの事、絶対忘れないっすよ!」
「ああ、そうだな。山吹中…の…」
「えーと…その…うん、地味’ズ…!」



山吹中学・南健太郎、東方雅美(通称地味’ズ)敗退。



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予想以上に難産で時間がかかってしまいました…地味’ズ。好きなんですがね。
もともとこの馬鹿なバトテニ、ICQで高宮とチャットしてて
バトロアネタの話しになって、
展望台の仲良し二人は誰かな?黄金?とか言ってて、いや地味ーズでしょ、
そんで亜久津にずきゅーんとやられちゃうんだよ!ってところから
盛り上がって作ったんですよ…。アホだ…。
あの時はこんなことになるとは思ってなかったのに。勢いって怖い。
しかし、これ書くのにコミックではじめて地味’ズのフルネームを認識した…。



モドル
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