Deep Sea/Text






第5章




「もう、朝か…」

木によりかかった姿勢のまま、手塚はゆっくりと空を見上げた。すでに東の空が白々と明けはじめている。無論、ラケットを抱えたまま、手塚は一睡もしていない。
あれから…校舎前で堀尾(とリョーマ)に襲われ、とにかくその場を逃げ出す事には成功したものの、手塚がはじめに考えていた、誰か信頼のおけるものと合流するということはできなかった。リョーマの事を抜きにしても、あの場に留まっているのはやはり危険であると判断せざるを得なかったのだ。

『誰だって自分が一番可愛いんだから…』

手塚は認めたくなかったが、リョーマが言った通り、自分の身を守るために襲い掛かってくる者が他にいるかもしれない。スタート地点でいつまでもうろうろしているのは、自らを危険に晒すだけだ。
自分1人だけならなんとでもなるが、今はカチローが一緒である。もちろん見捨てるという選択肢は手塚にはない。そのカチローも頑張って眠らないようにしていたが、先ほどからはウトウトとしており、時々頭がかくりと揺れた。

(あれからは誰にも会ってないが…状況はどうなっているんだ)

二人が身を落ち着ける場所として選んだここは、まばらに木が生えてはいるが見晴しのいい草の生い茂った平らな場所で、その先は斜面となって海岸へと続いている。
手塚は、眼下に広がる海へ目をやった。その時。

「みなさ〜ん、おはようございま〜す!」
「うわ…っ」

突然、奇妙に明るい曲と共に大音量で芝女史の声がして、手塚は思わず小さく叫んだ。浅い眠りについていたカチローもびくりと体を震わせ、目をさました。

「て、手塚部長…!今の声、どこから…?」
「どうやら、スピーカーのようだな…」

目を凝らすと、海岸近くにスピーカーが立っている。もともとは、災害時など緊急の放送を流すためにあるものなのだろう。
声は、さらに続いた。

「はい、みなさーん、大会も2日目に入りました!調子はどうかしら?さて、ここで試合の途中経過を発表しまーす。自分の学校の仲間はどうかな?よーく聞いてね〜」

スピーカーを通して聞こえる声は奇妙にひずんでいて、なんだか現実感がないな、とふと手塚はそんなことを思ったが…。
そんなことはない、これは現実なのだ、とすぐに思い直した。自分の目の前で、不二は倒れたのだから。

「えーと、では今までに残念ながら敗退してしまった人を学校別に読み上げまーす。まず最初に青春学園。不二周助君、堀尾聡史君、大石秀一郎君、菊丸英二君。次に山吹中学。壇太一君、喜多一馬君、新渡米稲造君。以上7名でーす。それでは、これからもみんな優勝目指してガンバッテね!」

それだけ言うと、耳障りなハウリング音とともに放送はぶつりと切れた。
手塚は、自分の耳を疑わずにはいられなかった。すでに7名も死亡している、しかも、大石と菊丸まで…!

「副部長と菊丸先輩が…。そ、そんな…」

カチローはすでに泣き出しているが、手塚は悲しみよりも寧ろ怒りを感じた。
本当に、なぜ、俺達がこんな目にあわなければならないんだ…!

ガサッ。

「!!」

放送の後ふたりはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、背後で急に音がして同時に振り返り……そこに聖ルドルフ学園中学のウェアを着た男の姿を見た。

「お前は…柳沢…?」
「あ、あの…」
「…悪いけど、お前達にはここで死んでもらうだーね!」
「何っ!?やめろ、柳…」
「問答無用だーね!!」

叫ぶなり、柳沢は手に持っていたボールを二人めがけて打ち込んで来た。咄嗟にラケットを構えようとして、しかし次の瞬間に手塚はカチローを抱えて左に跳び、ボールを避けた。見た目ではボールにどのような仕掛けがあるかわからない以上、迂闊に打ち返さない方がよいと判断したのである。そして、その判断は正しかった。柳沢の放ったボールは、地面に叩き付けられた瞬間に破裂し、あたりに赤い粉をまき散らしたのだ。

「何だ、これは…?」
「うわあっ、目に入っちゃった!イタタタ…こ、これ、もしかして七味とうがらしじゃないですか?目、目がしみる〜!!」
「七味だと?…いや、それを言うなら一味だな、これは」
「なに冷静に分析してるだーね!7でも1でもどっちでもいいだーね!もう一発食らうだーね!!」

柳沢はさらに打とうとボールを構えた。が、今度は手塚の方が早かった。念のために上着のポケットに入れていた自分のボールを素早く取り出すと、柳沢の手元を狙って打ち込んだのである。ボールはピンポイントで柳沢のボールにあたって見事にそれを破裂させ、ぶわっと赤い霧を発生させた。

「わーっ、め、目に入っただーね!ついでに口にも入っただーね!!か……辛いだーねー!!」
「そんなにしゃべると、余計に口に入るぞ…?」

一味爆弾のせいで目が見えなくなった柳沢は、無闇矢鱈にラケットをぶんぶんと振り回しはじめた。とりあえず、今のうちに逃げよう……手塚は、まだ涙を流しているカチローの手を掴んで走ろうとした。
すると。

「どーん!」
「ふぎゃあっ!!」

聞き慣れた声と共に飛んで来たボールが顔面を直撃して柳沢は横っ跳びにふっとんだ。

「部長っ!大丈夫っすか!」
「桃城…!」

それは、言わずと知れた、青春学園2年桃城武であった。全力で走ってきたらしく、肩で息をしている。桃城は二人の目の前で止まると、肩にかけていたバックを下ろしてふーっと大きく息をつき、そして笑った。

「叫び声が聞こえたんで見に来たら、部長達が襲われてて…間に合って良かったっす」
「いや、襲われてたというか…まあいい、お前こそ、無事でなによりだ…桃城」
「うわーん、桃ちゃん先輩〜!会えて良かったですー!」
「へへへ、この俺がそう簡単にやられてたまるかっての!」

お互いに言いたい事は色々あるはずだったが今はそれどころではないし、とにかく青学の仲間に会えただけで、少なからず手塚は安堵した。

「お前、ここに来るまでに誰かに襲われたか…?」
「いえ、誰にも。本当は校舎の前で誰かと合流しようと思って待ってたんすけど」
「けど?」
「その…俺の次に出てきたの、亜久津だったんですよ。疑ってるわけじゃないけど、万が一もめたりしたらまずいと思って、すぐその場を離れたんです。それから誰にも会ってません」
「そうか…」

教室で後ろの方の席にいた手塚は、千石が亜久津や南にこっそりメモらしきものを渡しているのを見た。多分どこかで合流しようとしていたのだろうが、その後はどうなったのだろう。さっきの放送では、山吹中学のメンバーが3人呼ばれていた。まさか、亜久津が…。
そこまで考えて、手塚は軽く首を振った。疑い出したらキリがないし、下手な予断は命取りになる。

「ひとまず、ここを離れよう。騒ぎを聞き付けて、誰か来たら面倒だ」
「そっすね。っと、このままアイツを見捨てていくわけにはいかねえか。おーい、大丈夫かあ?」

柳沢は、3メートル程離れた草むらで仰向けに倒れて気を失っていたが、さすがにダンクスマッシュを食らうのも2度目ともなるといくらかの耐性ができるものか、桃城にぺちぺちと顔を叩かれてすぐに正気に戻った。

「う、うーん…まだ目がしみてるだーね……はっ、お前は桃城!?ギャー、あ、悪魔だーね!!助けてだーね!!」
「ちょっと待てコラ、誰が悪魔だ!誰が!」

悪魔呼ばわりされて桃城は憤慨したが、2度もダンクスマッシュを顔面に食らえばそれもいたしかたない…と手塚は思い、少しだけ柳沢に同情した。

「いいから離すだーね!」
「おい、暴れんじゃねえ!ココ、坂になってんだからよ…あっ!」
「うわあー!」

桃城から逃れようと暴れた柳沢は、手を振払った反動でよろめき、左側の斜面に勢い良く倒れこんだ。桃城は咄嗟に手を伸ばしたがわずかに届かず、柳沢はそのまま仰向けに斜面を滑り落ちた。

「うわあ、落ちるだーねー!!だ、だれか止めてほしいだー……んがっ!」

ごん、と音がして、柳沢は止まった。3人が斜面を覗き込んで目を凝らすと、数十メートル下方で、柳沢が岩に頭をぶつけた形で静止しているのが見えた。

「……」
「えーっと。ま、まあ、不可抗力ってやつっすよ!ね!部長!」
「……とにかく、ここを離れよう……」

脱力しながらも、気力を振り絞って手塚は言い、3人はその場を離れた。

……海風にあおられて、柳沢の前髪がゆらゆらと揺れていた。



聖ルドルフ学園中学・柳沢慎也、敗退。



PREVNEXT


柳沢、おいしいキャラだ…!
地面にぶつかって破裂するボールが、なぜラケットで打った時は平気なんだとか、
そういうツッコミはなしってことで、ひとつおねがいします(汗)
ちなみに、桃城の武器は普通のボールです。
桃城も、普通にテニスで人が殺せますよ。多分。



モドル
2style.net