Story


 ――あれから、十年後。


(…友達、いいな。…遊びたいな)
 公園の端でポツリと一人で遊んでいたわたしに、何かは現れた。
「だあれ?」
「きみのともだち」
 黒いフードを身に纏って、悪魔は現れた。
「わたしのともだち?」
 わたしに初めての友達ができた。ただ、嬉しかった。
「…だから、十年後に待っていてね」
「うん!やくそくだよ」
 指きりげんまん、指切った!


「約束を果たしに来たよ」
 ニヤリ、と笑う天使の皮を被った悪魔。
 黒いフードを深く目元まで被っていて、見えるのは愉しげに笑う口元。
 高い声は、然程大きくもないのに存在感を示すかのように、自分の中に響いてくる。
「あなたは、誰なの……?」
 自分の声は、驚くほどに震えていた。
 この奇妙なイキモノを前に、恐れているのだ。“恐い”と。
「酷いなあ、忘れちゃったの?」
 クスクス、と重い場には不釣合いな声が鼓膜を震わす。
 奇妙なイキモノは笑ったまま、自分が瞬いた瞬間に目の前に現れた。
「哀しいよ、――あの時、約束したじゃない」
「“いつか迎えに来るよ”って。あの時の約束をずっと心待ちにしてたんだ」
 約束……ふと、脳裏を過ぎる幼きころの自分。
 ザワリ、と雑音がする。背筋に寒気がはしる。
 地に落ちた、黒いフード。血を思わせる紅い、双眸。瞬きして、

(ぼくらのアリス、迎えに来たよ)

Text

 今少し経てば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えてしまうだろう。 ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。 そうすれば、しまいにおれは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、 今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだろう。 一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。 初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。 おれの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、おれはしあわせになれるだろう。 だのに、おれの中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。 ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう! おれが人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。 誰にも分らない。おれと同じ身の上に成った者でなければ。
(中島敦 / 山月記)
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