++++




「頼忠さん、本当にもう大丈夫だから……降ろしてくれませんか?」
「駄目です、神子殿」


それは、西の空が薄らと朱に染まり始めたある日の夕方。
どうしてこんな事になったのかと、花梨は心の中で溜息をついた。



頼忠と二人で松尾大社へ行き、怨霊を封印した。
そう、ここまではよかった。
花梨は封印が成功した事に安心したのか、目の前にある石に気づかないで……転んでしまったのだ。
しかも、頼忠の目の前で。
運悪く花梨は足を捻挫しており、花梨を助けられなかった事に加え捻挫までさせてしまったと、
頼忠は顔を青くして何度も花梨に謝罪した。
そして今、花梨は頼忠に抱き上げられたまま、館への帰路についていた。



……それにしても、この状況はかなりまずい



頼忠は花梨に歩かせるつもりは全くないらしく、花梨を抱き上げたまま無言で歩き続けている。
ここはまだ京の中心から外れた道だから、人の往来もあまりない。
その中ですれ違った何人かは、一体何事が起こっているのかというような奇妙な視線を
二人に向けているのを、花梨ははっきりと感じていた。
そしてこのまま大通りに出たら……恐らくは注目なんて言葉では済まされないだろう。
「頼忠さんは何も悪くないですよ!私が勝手に転んだだけですから!!」
何とか事態を改善しようと、花梨は明るい声で頼忠の無実を強調した。
だが、頼忠は表情一つ変えずに花梨の顔を見た。
「いえ、神子殿をお守りできなかったのは、この頼忠の責任です。私がもっと神子殿の進路に
気をつけていれば、このような事にはなりませんでした」
「そんな……」
そんな、むちゃくちゃな……と、花梨は思った。
真面目で実直な性格は頼忠の長所であるが、時に度を超した頑固さで花梨を困らせる。
それも全て花梨を思っての事なのだろうが。



気まずい沈黙が続く。
もう少し歩けば、人の多い大通りに出てしまう所まで来ていた。
半ば諦めていた花梨だったが、ふと横を流れる桂川に目を向けた。
そこで、一つの案が花梨の頭に浮かぶ。
「あの、頼忠さん」
花梨に呼ばれ、頼忠は足を止める。
「神子殿、何かございましたか?」
「その……そこの川で足を冷やしたいんですけど……」
「川で、ですか?」
即刻反対するかと思いきや、頼忠は黙って川の方を見た。
もう一押しだ!……と、花梨は急いで次の言葉を考えた。
「ほら、足を捻挫したら早めに冷やした方がいいって言うし……駄目、ですか?」
頼忠はしばし考え、軽く頷いた。
「……そうですね。神子殿の仰る通り、早めに冷やした方がよいでしょう。
では、あちらの浅瀬に参りましょうか」
「はい!」
強固な頼忠の守りを崩せ、花梨はひとまず安心した。



だが、安心も長くは続かなかった。



頼忠は浅瀬の川岸に花梨を降ろすと、素早く花梨の靴紐を解きはじめた。
あまりの早さに止める事もできずにいた花梨だったが、靴下まで手が掛かった時に
慌てて頼忠の手を掴んだ。
「い、いいですっ!自分で脱げますから……」
花梨の制止に、頼忠はすぐに手を離した。
花梨は照れ隠しに頭を掻いてみたが、頼忠は自分の行動に本気で後悔しているようだった。
「申し訳ありません、出過ぎたまねをいたしました」
深々と頭を下げる頼忠を見て、花梨は急に悲しくなった。



……やっぱり頼忠さんは、私を『龍神の神子』としてしか見ていないのかな……



頼忠が命を懸けて守っている相手は、自分ではなく『龍神の神子』……最初から分かっていたのに、
その優しさが自分へ向けられていると花梨は信じたかった。
だが、こうして『龍神の神子』を気遣う頼忠の姿を目にしてしまうと、
そんな希望も泡と消えてしまう。



目尻に薄ら涙が滲んできたのに気づき、花梨は頼忠に顔を見られないように俯いた。
そしてそのまま頼忠に背を向け、川に足を浸した。
痺れるような水の冷たさに一瞬顔を強ばらせるが、今は水の冷たさよりも胸の痛みの方が
よっぽど辛かった。
「神子殿、あまり水に浸せばお身体まで冷やしてしまいます。もうお上がり下さい」
後ろから、頼忠の心配そうな声が聞こえる。
だが、花梨は無視してそのまま足を浸し続けた。
その時。
「神子殿…………失礼します」
たくましい二本の腕が、後ろから花梨の身体を包み込む。
背中にはっきりと感じる、自分以外の体温。
「こんなに、身体が冷えてしまって……」
耳元に、頼忠の熱い息がかかる。
「…………!!」
あまりの驚きに、花梨は声も出せなかった。



……頼忠さんに、抱きしめられてる……



驚きは喜びに変わったが、すぐに悲しみになる。
これも全ては『龍神の神子』の為なのだ……



「……頼忠さん、無理しないで下さい」
「神子、殿?」
「……頼忠さんは八葉だけど、従者とかじゃないんだから、私に気を遣う必要もないし、その……
こんな事までしなくてもいいんですよ」
花梨の声の震えに、頼忠は腕の力を緩めた。
「神子殿がご不快に感じたのならば、二度とこのような事はいたしません」
「不快だなんて……!」
花梨は思わず頼忠の方に振り向いた。
「不快なんかじゃない……頼忠さんに守ってもらえて、こうしてもらえて、すごく嬉しいの……
でも、頼忠さんがこんなにも心配してくれるのは、私が『龍神の神子』だから……」
堪えきれずに涙が花梨の頬を伝う。
「神子殿……」
今度は正面から、頼忠は花梨を抱きしめた。
「あなたは京を守る龍神の神子。その御身を守るのが八葉たる私の役目です」
何度も聞いたことのあるその言葉が、今日はいつも以上に花梨の胸を刺す。
「無理や気遣いをさせているのはむしろ私の方です。あなたをお守りしたいという気持ちばかりが
先走って、いつもあなたに余計な心配をかけてさせている……本当なら、私にはあなたをお守りする
資格などないのかも知れません。ですが私は……私はあなたを……」
頼忠の腕の力が強くなり、花梨の息が詰まる。
「頼忠……さ……ん……?」
「…………大分日も暮れてきましたね。そろそろ戻りましょう、神子殿」
「えっ!……あ、あっ!?」
頼忠は再び花梨を抱き上げ、何事もなかったようにそのまま歩き始めた。
頼忠の不可解な行動に、花梨は完全に混乱していた。
だが今は頼忠の真意を知るよりも、この状態のまま大通りに出てしまう事の方が花梨にとって
重要かつ深刻だった。
「頼忠さん!もう自分で歩けますから……」
「駄目です」
相変わらず固い口調だが、頼忠は花梨に向けて、はにかむように顔を綻ばせた。
「……花梨」
「…………っ!」
初めて名前を呼ばれ、花梨は全身で反応した。
「あなたが例えどう思われても、私はあなたをお守りしたい……。あなたは私にとって……
『源頼忠』にとって、最も大切で、愛しい方だから……」
顔を赤らめながら、頼忠は真っ直ぐに花梨を見つめた。



……最も大切で愛しい方って……それって、それってもしかして……!?



「おいっ、頼忠じゃないか!」
「あれ!?花梨、どうかしたのか?」
非常に聞き慣れた声に、花梨は我に返って辺りを見回した。
気が付けば、そこは往来のど真ん中。
そして通りの先から、勝真とイサトがこちらに向かって歩いてくる。
自分が怪我をしたと知れば、頼忠が責められるかも知れない……花梨はそう思い、
頼忠に小声で話しかけた。
「こんな所を見られたら頼忠さんに迷惑がかかりますから、ここで降ろしてください……」
花梨の申し出に、頼忠は首を横に振った。
「あなたが怪我をしていると知れば、あの二人も同じ事をするかも知れません。
たとえ同じ八葉とはいえ、他の者にあなたを抱かせるなど……私には耐えられません」
あまりに真剣な顔の頼忠に、花梨はもう何も言えなかった。



暮れゆく空が、徐々に燃える朱から深い藍へと変わる。
嬉しさとあまりの気恥ずかしさで、花梨は頼忠の腕の中で大きな溜息をついた






トヲキさん!素敵な創作有り難うございました〜(*^▽^*)フリーとのことなんで強奪してきてしまったんですが(汗)
頼忠さんと花梨ちゃんのラブラブ振りにドキドキしてしまいましたよ〜vv 頼忠さんには惚れてしまいそうです!!
ぜひぜひまたフリーで創作を作って下さい!!(なんと厚かましい奴・笑)そしてイラストもぜひぜひ…!!

                                      by.ちょま





2style.net