「梁太郎くん」「ん?」
「今日は付き合ってくれてありがとう」
今日のデートは、香穂のお兄さんの誕生日プレゼント選びに付き合った。
日野家の習慣はよく分からないが、
なんでも毎年何かを贈り合っているらしい。
いつも悩んで選んでるってことだったから、
「男の立場」で選ぶの手伝って欲しいって
上目で頼むあの顔を見て、断れる奴がいるとは思えない。
俺が断ったら火原先輩あたりに頼みそうで。
俺じゃない誰かにあの顔を見せるのも
俺じゃない誰かと出掛けることになるのも
今の俺には耐えられる訳がなかった。
――自分でも驚くくらい、香穂に惚れてるから――
そんな俺にお礼を言って微笑む香穂を見て
「誰にも譲らなくてよかった」と心の底から思う。
お前、そんな顔を他の誰にも見せるんじゃねーぞ!
――醜い独占欲。でも本当の気持ち。
香穂がお礼にお茶奢ってくれるって言うから
近くにあった喫茶店に入った。
そこは所謂Jazz喫茶というやつで偶然にも生演奏中だった。
「ね、私こういうとこ初めて!」
演奏の邪魔にならないように小声で囁かれる。
香穂の心が真っ直ぐに演奏に向いていくのが手に取るように分かる。
――くそっ、なんだよっっ!なんかムカつく
香穂の顔がだんだん嬉々としていくのと反比例して、
俺は機嫌が悪くなっていった。
一曲終わって客席から拍手が起こる。
それは例に漏れず目の前に座っている彼女もそうだった。
それが気に入らなくて、席を立つ。
「え、ちょっ・・・梁太郎くん・・・?」
一緒に席を立った香穂に「そのままで」と合図して
俺は真っ直ぐにピアノに向かう。
「すいません。突然で申し訳ないんですが・・・ピアノ弾かせてもらっていいですか?」
「え?飛び入りってことかい?」
突然の俺の申し出にビックリした様子も見せず答えてくれたおじさんは
こういうことに慣れているのだろうか、あっさりと席を譲ってくれた。
「で、何が弾けるんだい?――え―っと」
「・・・梁です。えっと・・・A列車でもいいですか?」
本当は「でも」じゃなくて「しか」なんだよな。
メジャーな曲だから、たまたま練習してたことがあるだけで。
「あぁそれならみんな弾けるよ」
おじさんが他のメンバーに耳打ちをした後、
俺達のセッションが始まった。
* * * * *
最後の一音を弾き終わると拍手が沸き起こる。
もちろん、香穂だって目一杯拍手していて。
それだけで、俺はかなり幸せを感じていた。
「すいません。ありがとうございました」
「いや、なかなかの腕前だ!またいつでも遊びにおいで」
おじさんにお礼を言うと笑顔で返された。
普段弾かないジャンルだったこともあり、たいして上手くなかったと思うのに・・・。
そんな俺の音を受け入れてくれたみたいでかなり嬉しい。
席に戻るとちょっとだけ目が潤んだ香穂の顔があった。
「すごいよっ!Jazz弾けるんだね!感動しちゃった〜」
「そうか・・・あんまり得意分野でもないが・・・また聴きたいか?」
「うんっ!また聴きたい!」
そんな満面の笑みを見せられて、
男として黙ってられっか!?
どんな時でも俺だけを見てて欲しいんだ。
そのためだったら、なんだってしてやるさ。
いつ、この機会が巡ってくるか分からないしな。
Jazzもちゃんと練習しておくか。
こっそりレパートリーを増やして、ドキドキさせてやる。
END